１.海へ打ち捨てられた７人の遺骨極東国際軍事裁判（東京裁判）の判決により、いわゆるＡ級戦犯とされた軍人・政治家は全部で２５名、そのうち７人に絞首刑が言い渡されました。 東條英機および廣田弘毅両元首相などこれら７人の死刑執行は、昭和２３年１２月２３日、巣鴨拘置所内で執行されています。 東京裁判は昭和史上の重要な出来事ですが、その後彼らがどう扱われたかは、あまり知られていません。当時の関係者の証言をまとめると次のような経過をたどっています。 
 東京裁判法廷の様子 刑を執行された後の亡骸は粗末な寝棺にそれぞれ納められた。１から７の番号を付し米軍の貨物トラック１台に積み込まれた。 
 巣鴨拘置所 上記の海洋投棄に関わる公文書は今のところ見つかっていません。ただ、ドイツ戦犯に対する遺骨処理の先例（飛行機より河川に投棄）、遺骨をわざわざ粉砕する行為から見て、戦略的な命令伝達の存在は明かです。 尚、東京裁判におけるＡ級戦犯の起訴は昭和２１年の４月２９日すなわち昭和天皇の誕生日、さらに死刑執行は翌々年の皇太子（今上天皇）の誕生日に行われました。ここにも敗戦国に対する戦勝国側の思惑が顕著に表れています。 |
 |
２．遺骨奪還に動いた人物、三文字弁護士東京裁判において絞首刑の判決が下されて以降（昭和２２年１１月１２日）、せめて遺骨だけは家族の元へ返してもらいたいとする願いが関係者の中で高まりました。 しかし東條英機元首相のアメリカ人弁護士がマッカーサー司令長官を直接訪ねその旨願い出る場面もありましたが、ついに了解は得られませんでした。 
 三文字正平弁護士 『殉国七士の墓』より （一般社団法人 殉国七士奉賛会発行） こうした中、小磯國昭元首相の弁護人である三文字正平弁護士は、何としてでも７人の遺骨を家族へ返そうと処刑前から計画を練っていました。彼は久保山火葬場の近隣にある興禅寺の市川伊雄住職を通じ、火葬場の責任者である飛田美善場長の協力を得るに至ります。 火葬直後飛田場長は米兵へ渡る分とは別に、密かに７人全員の遺骨を少量ずつ収骨することに成功、米国側の監視が届かない所へ隠しました。ところが遺骨の前にうっかり線香を供えてしまったばかりに、匂いを不審に思った米兵の目に捉えられてしまいます。 遺骨は米兵の手でまたも無縁者用骨捨て場に投げ入れられてしまいました。 しかしながらなおも三文字弁護士は諦めませんでした。翌晩市川住職と共に火葬場へ侵入し、監視の目をくぐって骨捨て場の底から７人分が混ざった遺骨を拾い上げます。通常の骨壷一杯分の骨を闇の中、 発覚を恐れつつ行った密計は「想像以上の大仕事であった」と本人が述懐しています。 連合国側から戦犯として処刑され、果ては現実世界から滅却されそうになった７人分の遺骨は、その後暫くは人目を避けて供養されていました。昭和３５年に至り愛知県三河湾国定公園内、三ヶ根山の山頂に大きな墓所が造営され、それら遺骨が納められることとなりました。石塔正面には「殉国七士墓」と刻まれています。 |
 |
３. 占領期における米国の無理解＝日本人の人物神格化・聖地創造＝日本の戦後処理、占領計画の中心を担った米国は、開戦以前より日本人の性格、思考方法、信仰、行動様式などを戦略的に研究していました。 その研究対象の重要な位置に、日本人の信仰心が顕著に現れる神社が据えられていました。日本では古くより、菅原道真・楠木正成・明治天皇・東郷平八郎などの実在の人物が多数主祭神となって崇敬を集めています。 米国は日本人のこのような神格化観念を危険視していました。 米国の対日占領政策の第一目標は、日本が二度と米国に戦争を仕掛けないよう物理的、精神的共に弱体化させること。 そのために巧妙なシステムを作り（ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラムと呼ばれています）日本人の精神構造を変革することに力が注がれ、時には日本の伝統文化を解体するに及ぶこともありました。 例えば占領当初は靖国神社を焼き払ってドックレース場にする計画もあったほどです。 このような状況下で米国側にとっての効率的な占領政策のために「Ａ級戦犯」となった７人の遺骨がどうなるかは明かでした。米国の外交官ウィリアム・Ｊ・シーボルトがこの件について著書の中で次のように明記しています。 彼は占領政策に深く関わっていた要人で、巣鴨拘置所内での絞首刑にも立ち会っている人物です。 死刑になった指導者達の墓が将来神聖視されることのないように遺灰はまきちらすことになっていた。 『日本占領外交の回想』（朝日新聞社・昭和四十一年） |
 靖国神社 |
４．遺骨奪還行動の深層心理 ＝日本人の死生観の表出＝三文字弁護士は殉国七士墓建設の由来碑に、「罪を憎んで人を憎まず、武士道精神として勝者が敗者の死屍に鞭打つ行為は許されない」と遺骨奪還行動に至った心情を刻んでいます。 もとより日本では、遺体や遺骨を尊重する風習がとても強く、それを侮辱・損傷することは極力避けられるよう努められてきました。   久保山斎場の供養塔 講談社+α「償いは済んでいる」上原冬子著 一般的に多くの日本人は、人がたとえ亡くなったとしてもその遺体・遺骨には命の源が凝縮されており、人格も残っているものと考えています。 いわば存命中とは異なる姿、形ではあってもその中に「生の証」を見い出すことをしています。あるいは無意識に亡者の第二の生命を感じ取ろうと模索と試行に動きます。 この観念は悲しみを伴いながらも自然に発祥され、やがて遺族に心情的安定を与えてゆく重要な役割を担ってゆきます。 おかしな表現ですが三文字弁護士には「生死の危機に瀕した遺骨を救出に行くのだ」という気持ちが働いたのではないでしょうか。 第二に彼は遺骨の実存とそれとの距離にこだわりを持ちました。遺品では納得できず、骨その物を手元に置くことに力を注いでいます。もしも彼が今の時代にタイムスリップして、 昨今出現した葬法の「散骨」を見たとすれば、おそらく死者への侮辱としか受け取らないでしょう。 我が国の葬送儀礼においては、長らく遺骨を礼拝の対象の中心に据えています。遺骨は手元にあって初めて価値が見い出されるものであり、存在を前提に亡者と遺族は安心を共有できるものと受け取られています。 遺骨奪還に動きをとったのは、海上に投棄されてはそれこそ回収は不可能で、この世から全てが消え去ってしまうことに恐怖を感じたからでした。遺骨の存在を前提とする供養こそが安寧の根源であり、 たとえ海に眠っているからといっても何処に手を合わせていいやら、納得はできないわけです。 少なくともこの数百年における日本での葬法としては、遺骨収蔵の確実性・礼拝場所の顕然性が重要視されてきました。具体的な表れとして墓作りと墓参りが行動化され、 礼拝を行う人々は亡者との接触を通じて生と死の循環をダイレクトに感じ取ります。遺骨の存在により死を身近に認識し、生を正しく捉えようとする積み重ねが日本人の宗教行動として反復されてきました。 言うなれば日本人は可視化された亡者に対して、研ぎ澄まされた感性を以って向き合っています。遺骨奪還行動をとった三文字弁護士には、この感性から発せられた遺骨を尊重しようとする潜在的欲求が満ちていたのです。 |
|
| ○●○●○●○●○●○●○●○●○ |
○●東京裁判においてＡ級戦犯とされた人物の一覧●○
| 氏名 | 経歴 | 刑罰の種類(病死) |
|---|---|---|
| 東條英機 とうじょうひでき | 第４０代内閣総理大臣 | 絞首刑 |
| 土肥原賢二 どいはらけんじ | 陸軍大将、陸軍航空総監 | 絞首刑 |
| 広田弘毅 ひろたこうき | 駐ソ大使、第32代内閣総理大臣 | 絞首刑 |
| 板垣征四郎 いたがきせいしろう | 陸軍大臣、満州国軍政部最高顧問 陸軍大将 | 絞首刑 |
| 木村兵太郎 きむらへいたろう | ビルマ方面軍司令官、陸軍次官 陸軍大将 | 絞首刑 |
| 松井石根 まついいわね | 中支那方面軍司令官、陸軍大将 | 絞首刑 |
| 武藤章 むとうあきら | 第14方面軍参謀長、陸軍中将 | 絞首刑 |
| 木戸幸一 きどこういち | 内大臣（東條英機を首相に指名） | 終身刑（1955年12月16日仮出所） |
| 平沼騏一郎 ひらぬまきいちろう | 第35代内閣総理大臣 | 終身刑 （1955年6月14日入院のため出所するも8月に死亡） |
| 賀屋興宣 かやおきのり | 大蔵大臣-(釈放後)法務大臣（1963年） | 終身刑（1955年9月16日仮出所） |
| 嶋田繁太郎 しまだしげたろう | 参謀総長兼軍令部総長、海軍大将 | 終身刑（1955年4月8日仮出所） |
| 大島浩 おおしまひろし | 駐ドイツ特命全権大使、陸軍中将 | 終身刑（1955年12月16日仮出所） |
| 荒木貞夫 あらきさだお | 陸軍大将、陸軍大臣、文部大臣 | 終身刑（1955年6月18日仮出所） |
| 星野直樹 ほしのなおき | 内閣書記官長、満州国総務長官 -(釈放後) 実業家 | 終身刑（1958年釈放） |
| 橋本欣五郎 はしもときんごろう | 陸軍大佐、大政翼賛会創設者 | 終身刑（1955年9月16日仮出所） |
| 畑俊六 はたしゅんろく | 元帥陸軍大将、陸軍大臣 | 終身刑（1954年10月30日仮出所） |
| 小磯国昭 こいそくにあき | 陸軍大将、朝鮮総督 第４１代内閣総理大臣 | 終身刑 （1950年11月3日服役中に病死） |
| 南次郎 みなみじろう | 陸軍大将、陸軍大臣、朝鮮総督 | 終身刑（1954年10月1日仮出所） |
| 鈴木貞一 すずきていいち | 陸軍中将、企画院総裁 -(赦免後)産業計画会議委員 | 終身刑（1955年9月16日仮出所） |
| 岡敬純 おかたかすみ | 海軍次官、海軍省軍務局長 海軍次官 | 終身刑 （1954年10月30日服役中に病死） |
| 佐藤賢了 さとうけんりょう | 陸軍中将、陸軍省軍務局長 | 終身刑 （1956年3月31日服役中に病死） |
| 梅津美治郎 うめづよしじろう | 陸軍大将、関東軍司令官 陸軍参謀総長 | 終身刑 （1949年1月8日服役中に病死） |
| 白鳥敏夫 しらとりとしお | 衆議院議員、翼賛政治会理事 駐イタリア大使 | 終身刑 （1949年6月3日服役中に病死） |
| 東郷茂徳 とうごうしげのり | 外務大臣、駐ドイツ・ソ連大使 | 禁錮20年 （1950年7月23日服役中に病死） |
| 重光葵 しげみつまもる | 外務大臣、駐イギリス・中国大使 -(仮釈放後)改進党総裁 日本民主党副総裁、外務大臣 | 禁錮7年（1950年11月21日仮出所） |
| 松岡洋右 まつおかようすけ | 外務大臣 | 判決前に病死 |
| 永野修身 ながのおさみ | 元帥海軍大将 | 判決前に病死 |
| 大川周明 おおかわしゅうめい | 思想家、国家主義者 民間人唯一の被祈追者 | 梅毒による精神障害で訴追免除 |
 |  |
 |  |
 |  |
 | |
| 氏名 | 経 歴 刑罰の種類(病死) |
|---|---|
| 東條英機 とうじょうひでき | 第４０代内閣総理大臣 絞首刑 |
| 土肥原賢二 どいはらけんじ | 陸軍大将、陸軍航空総監<>絞首刑 |
| 広田弘毅 ひろたこうき | 駐ソ大使、第32代内閣総理大臣 絞首刑 |
| 板垣征四郎 いたがきせいしろう | 陸軍大臣、満州国軍政部最高顧問 陸軍大将 絞首刑 |
| 木村兵太郎 きむらへいたろう | ビルマ方面軍司令官、陸軍次官 陸軍大将 絞首刑 |
| 松井石根 まついいわね | 中支那方面軍司令官、陸軍大将 絞首刑 |
| 武藤章 むとうあきら | 第14方面軍参謀長、陸軍中将 絞首刑 |
| 木戸幸一 きどこういち | 内大臣（東條英機を首相に指名） 終身刑（1955年12月16日仮出所） |
| 平沼騏一郎 ひらぬまきいちろう | 第35代内閣総理大臣 終身刑 （1955年6月14日入院のため出所するも8月に死亡） |
| 賀屋興宣 かやおきのり | 大蔵大臣-(釈放後)法務大臣（1963年） 終身刑（1955年9月16日仮出所） |
| 嶋田繁太郎 しまだしげたろう | 参謀総長兼軍令部総長、海軍大将 終身刑（1955年4月8日仮出所） |
| 大島浩 おおしまひろし | 駐ドイツ特命全権大使、陸軍中将 終身刑（1955年12月16日仮出所） |
| 荒木貞夫 あらきさだお | 陸軍大将、陸軍大臣、文部大臣 終身刑（1955年6月18日仮出所） |
| 星野直樹 ほしのなおき | 内閣書記官長、満州国総務長官 -(釈放後) 実業家 終身刑（1958年釈放） |
| 橋本欣五郎 はしもときんごろう | 陸軍大佐、大政翼賛会創設者 終身刑（1955年9月16日仮出所） |
| 畑俊六 はたしゅんろく | 元帥陸軍大将、陸軍大臣 終身刑（1954年10月30日仮出所） |
| 小磯国昭 こいそくにあき | 陸軍大将、朝鮮総督 第４１代内閣総理大臣 終身刑 （1950年11月3日服役中に病死） |
| 南次郎 みなみじろう | 陸軍大将、陸軍大臣、朝鮮総督 終身刑（1954年10月1日仮出所） |
| 鈴木貞一 すずきていいち | 陸軍中将、企画院総裁 -(赦免後)産業計画会議委員 終身刑（1955年9月16日仮出所） |
| 岡敬純 おかたかすみ | 海軍次官、海軍省軍務局長 海軍次官 終身刑 （1954年10月30日服役中に病死） |
| 佐藤賢了 さとうけんりょう | 陸軍中将、陸軍省軍務局長 終身刑 （1956年3月31日服役中に病死） |
| 梅津美治郎 うめづよしじろう | 陸軍大将、関東軍司令官 陸軍参謀総長 終身刑 （1949年1月8日服役中に病死） |
| 白鳥敏夫 しらとりとしお | 衆議院議員、翼賛政治会理事 駐イタリア大使 終身刑 （1949年6月3日服役中に病死） |
| 東郷茂徳 とうごうしげのり | 外務大臣、駐ドイツ・ソ連大使 禁錮20年 （1950年7月23日服役中に病死） |
| 重光葵 しげみつまもる | 外務大臣、駐イギリス・中国大使 -(仮釈放後)改進党総裁 日本民主党副総裁、外務大臣 禁錮7年（1950年11月21日仮出所） |
| 松岡洋右 まつおかようすけ | 外務大臣 判決前に病死 |
| 永野修身 ながのおさみ | 元帥海軍大将 判決前に病死 |
| 大川周明 おおかわしゅうめい | 思想家、国家主義者 民間人唯一の被祈追者 梅毒による精神障害で訴追免除 |
 |
展示館:茨城県結城市結城9982
